大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和63年(ワ)5064号 判決 1991年11月08日

原告

ノボルティシュ株式会社

右代表者代表取締役

矢口広三郎

右訴訟代理人弁護士

下井善廣

井出大作

右訴訟復代理人弁護士

佐藤敦史

被告

株式会社製紙機械情報センター

右代表者代表取締役

市川善作

被告

信栄製紙株式会社

右代表者代表取締役

遠藤儀保

右訴訟代理人弁護士

安原正之

佐藤治隆

小林郁夫

被告

ノボル製紙株式会社

右代表者代表取締役

薦田林太郎

右訴訟代理人弁護士

濱田俊郎

被告

川之江市農業協同組合

右代表者理事

佐藤傅

右訴訟代理人弁護士

加藤一昶

小倉良弘

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(主位的請求)

1 被告らは、各自、原告に対し、金七五〇〇万円及びこれに対する昭和六二年一〇月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は、被告らの負担とする。

3 仮執行の宣言

(予備的請求)

1 被告ノボル製紙株式会社と被告川之江市農業協同組合が別紙物件目録記載の機械について昭和六二年一〇月末ころ締結した代物弁済契約を取り消す。

2 被告川之江市農業協同組合は、原告に対し、金七五〇〇万円及びこれに対する昭和六二年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は、被告川之江市農業協同組合の負担とする。

4 第2項につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  不法行為(主位的請求)

(一) 被侵害権利

原告は、昭和六十二年九月当時、被告ノボル製紙株式会社(以下「被告ノボル製紙」という。)に対し、別紙手形目録記載の手形金債権金一億四八二二万六八一一円を有していた。

(二) 被告らの行為

(1) 被告ノボル製紙は、昭和六二年九月二六日、被告株式会社製紙機械情報センター(以下「被告情報センター」という。)との間で、別紙物件目録記載の機械(以下「本件機械」という。)を代金八五〇〇万円で売却する旨の契約を締結した(以下「本件売買契約」という。)。

(2) 原告は、被告ノボル製紙に対する前記手形金の内金七五〇〇万円を保全するため、昭和六二年一〇月九日、松山地方裁判所西条支部に対して、本件売買契約に基づく被告ノボル製紙の被告情報センターに対する本件機械売却残代金債権金七五〇〇万円(以下「本件売買残代金」という。)につき、債権仮差押決定の申立てをなし、同日、同支部は、右申立てどおりの仮差押決定をした。

右決定は、被告情報センターに対し同月一二日、被告ノボル製紙に対し同月一六日にそれぞれ送達された。

(3) 被告ノボル製紙と被告情報センターは、同月二二日、本件売買契約を合意解除した。

(4) 被告ノボル製紙は、同月二〇日、本件機械を、被告川之江市農業協同組合(以下「被告組合」という。)に対して負っていた借受金債務の弁済に代えて譲渡した(以下「本件代物弁済」という。)。

(三) 違法性

(1) 右被告ら三名及び被告信栄製紙株式会社(以下「被告信栄」という。)は、本件売買残代金債権に対して仮差押えがされたことを知り、通謀して、被告ノボル製紙及び被告情報センターの間で本件売買契約を合意解除し、被告ノボル製紙が被告組合に本件機械を代物弁済した上、被告組合と被告信栄との間で本件機械の売買契約を締結することにより、仮差押えの効力を潜脱して、当初の目的どおり被告信栄に本件機械の所有権を取得させた。

被告らの右一連の行為は、被告ノボル製紙が無資力であって本件売買残代金債権による以外に原告の手形金債権の回収手段がないことを認識しながら、もっぱら原告が得た仮差押えの効力を失わせ、原告の手形金債権回収の手段を侵害することのみを目的として、法定解除原因もないのにことさらに本件売買契約を合意解除した上、被告組合に対して本件機械を代物弁済し、かつ、被告信栄に結局譲渡したもので偽装譲渡行為であり、通常許容される経済取引行為の範囲を逸脱するものであるから、高度の違法性を有し、原告の手形金債権を侵害したものとして不法行為を構成するというべきである。

(2) 合意解除は解除に関する契約であって、契約の効力は第三者に影響を及ぼさないことが原則となっているから、合意解除の遡及効は第三者たる原告の権利を害しえないものである。したがって、前記仮差押決定の送達を受けた被告情報センター及び被告ノボル製紙は本件売買契約を合意解除してはならない法律上の義務を負っていたというべきである。それにもかかわらず、前記のとおり、通謀の上、専ら仮差押えの効力を免れる目的のみで合意解除をする等の被告らの前記一連の行為は、高度の違法性を有するものである。

(四) 損害及び因果関係

原告は、仮差押えをした本件売買残代金債権に対して強制執行することにより、金七五〇〇万円を取得してこれを被告ノボル製紙に対する手形金債権の弁済に充当することができたはずのところ、被告ノボル製紙及び被告情報センターが本件売買契約を合意解除したことにより、右のような債権回収の手段を失った。本件仮差押えの当時、被告ノボル製紙の債権者は原告と被告組合のみであって、被告組合は担保物件によってその債権を回収しうる状況にあったことを考慮すれば、合意解除がされなければ、原告は、被差押債権額全額を取得し得たはずである。

昭和六二年一〇月当時、被告ノボル製紙の経営は破綻状態にあって、他に原告の手形金債権を回収する手段は存在しなかったから、右債権回収手段の侵害は直ちに原告の手形債権を侵害したといえるものである。すなわち、合意解除及び代物弁済がされたことによって、原告の手形金債権の回収は事実上不可能となり、その結果、原告は金七五〇〇万円の損害を被った。

2  詐害行為取消(予備的請求)

(一) 債権の存在

前記1(一)と同じ。

(二) 被告ノボル製紙の行為(代物弁済)

前記1(二)(4)と同じ。

(三) 詐害性

(1) 本件代物弁済が行われた当時、既に被告ノボル製紙の経営は破綻し、資産が負債の半額以下という債務超過の状態にあって、見るべき資産としては、被告組合の根抵当権の対象となっている製紙工場及び右工場内に存在した本件機械のみであった。

(2) 被告ノボル製紙は、被告組合と通謀し、被告組合にのみ債権の満足を与え、原告ら他の債権者を害する目的をもって、被告組合に対して本件機械を代物弁済したものである。

(四) 本件機械は既に被告組合から被告信栄に転売されているため、原告は、被告組合に対し、本件機械の返却に代えてその価額の賠償を求めるが、右相当評価額は約金八五〇〇万円である。

3  よって、原告は、主位的に、被告ら四名に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、各自金七五〇〇万円及びこれに対する不法行為成立の後である昭和六二年一〇月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、予備的に、被告組合に対し、被告ノボル製紙と被告組合との間の本件代物弁済契約を取り消すとともに、本件機械に代わる価額賠償の内金として金七五〇〇万円及びこれに対する詐害行為成立の後である昭和六二年一一月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否等

1  不法行為

(被告ノボル製紙、被告情報センター及び被告組合)

(一) 請求原因1(一)の事実は不知。

(二) 同(二)(1)から同(二)(4)までの各事実は、いずれも、認める。

(三) 同(三)(1)のうち、被告ノボル製紙と被告情報センターが本件売買契約を合意解除したこと及び被告ノボル製紙が被告組合に本件機械を代物弁済したことは認め、その余は否認ないし争う。

同(三)(2)は争う。本件合意解除が原告に対抗できないとすれば、原告は右合意解除により何ら損害を被っていないことになるのであるから、そもそも原告による不法行為の請求はその前提を欠く。

(四) 同(四)は否認ないし争う。原告は一般債権者に過ぎず、本件仮差押えによって債権額全額の回収が可能であったということはできない。また、仮差押えは債権回収の唯一の手段ではないから、仮差押えが失効したことによって直ちに原告の債権回収が不可能になったとはいえない。

(被告信栄)

(一) 請求原因(一)の事実は不知。

(二) 同(二)(1)の事実のうち、被告ノボル製紙が、被告情報センターとの間で、本件機械につき原告主張の売買契約を締結したことは不知。その余は否認する。

同(二)(2)の事実は不知。

同(二)(3)の事実は不知。

同(二)(4)の事実は不知。

(三) 同(三)は否認ないし争う。

(四) 同(四)は否認ないし争う。

2  詐害行為取消

(被告組合)

(一) 請求原因2(一)は不知。

(二) 同(二)は認める。

(三) 同(三)(1)は不知。

同(三)(2)は否認ないし争う。

(四) 同(四)は否認ないし争う。

三  被告らの主張

(被告ノボル製紙、被告情報センター及び被告組合)

1  違法性について

(一) 被告組合は、昭和六一年九月二九日、被告ノボル製紙所有の製紙工場(以下「本件工場」という。)について、別紙担保目録記載の根抵当権を設定した。本件機械は、本件工場に備えつけられていたものであって、被告組合のための右の根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)の対象となっており、原告も、本件仮差押えをした当時、右事実を認識していた。

(二) 被告組合は、昭和六二年九月二六日、被告ノボル製紙に対し、被告情報センターから被告ノボル製紙に支払われるべき本件機械の売買代金八五〇〇万円をもって被告組合に対する債務の内入弁済をすることを停止条件として、本件機械に対する本件根抵当権の解除に同意した。

(三) ところが、本件機械の主要部分が未だ工場から搬出されていない段階で、原告から本件売買残代金債権に対する仮差押えがされたため、右停止条件の成就は不能となり、被告ノボル製紙と被告情報センターとは本件売買契約を合意解除せざるを得なくなった。

2(一)  右のような次第であるから、原告は、もともと被告組合の本件根抵当権の対象となっている本件機械又はその売却代金から原告の被告ノボル製紙に対する手形金債権の回収を合理的に実現し得る余地がなかったというべきであって、本件合意解除が原告の一般債権たる手形金債権を侵害する余地はない。

被告組合に対する代物弁済についても、一般に、担保権者が被担保債権の弁済に代えて担保物件を適正な評価額で取得することは、他の一般債権者に対する関係で違法と評価されるものではないから、本件代物弁済が原告の手形金債権を侵害する違法な行為ということはできない。

(二)  仮に、原告による仮差押え当時、本件機械が完全に搬出されていたとしても、本件売買契約が担保権者である被告組合に対する債務の弁済のために締結されたものであったこと、また、本来、仮差押え後であっても合意解除は有効になしうるものであることからすれば、本件合意解除に違法な点はない。

3  原告は、かねてから被告ノボル製紙の株式を取得するなど同社の親会社的な立場にあり、本件機械の売却及び売買代金を被告組合に対する債務の内入れ弁済に充当することについても、被告ノボル製紙から逐一相談を受けるなどして了承してした。

(被告組合)

4  詐害行為について

(一) 被告組合は、昭和六二年一〇月二〇日当時、本件根抵当権の債務者である薦田眞司に対して金一億円の貸金債権を有しており、同日、被告ノボル製紙との間で、右貸金債権の内金九〇〇〇万円の弁済に代えて、本件機械及び「プライマシン」を、それぞれ金八五〇〇万円及び金五〇〇万円と評価してその所有権を移転する旨の代物弁済契約を締結した。

(二) 本件代物弁済は、担保権者である被告組合に対する適正な評価額による代物弁済であるから、詐害行為となる余地はない。

四  被告らの主張に対する認否等

1  被告らの主張1(一)のうち、本件機械が本件工場に備えつけられていたことは認め、被告ら主張の根抵当権が設定されていたことは不知、原告が本件機械に対する根抵当権の存在を認識していたことは否認する。

同1(二)のうち、被告組合が本件根抵当権の解除に同意したことは認め、その余は否認ないし争う。仮に本件機械の売買代金を被告組合に対する債務のため内入弁済する旨の合意が、被告ノボル製紙と被告組合の間であったとしても、根抵当権解除の意志表示に右のような条件をつけることは法的性質に反して許されず、また、そのような合意の存在をもって第三者に対抗できないものというべきである。

同1(三)のうち、原告から本件売買残代金債権に対し仮差押えがされたことは認め、その余は否認ないし争う。仮差押決定が被告情報センターに送達された時点において、本件機械は総て解体されて被告情報センターに運搬されており、したがって、既に本件機械は被告組合の根抵当権の対象から外れていたものである。

2  同2(一)のうち、一般論の部分は認め、その余は否認ないし争う。

同2(二)は争う。

3  同3は否認する。

4  同4(一)のうち、被告組合が被告ノボル製紙との間で、本件機械につき代物弁済契約を締結したことは認め、その余は不知。

同4(二)は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一不法行為損害賠償請求について

1  請求原因1(一)(原告の手形金債権)の事実は、<書証番号略>、原告代表者矢口廣三郎の尋問の結果及び<書証番号略>によりこれを認めることができる。

2  同1(二)(1)ないし(4)(被告らの行為)の各事実は、被告ノボル製紙、被告情報センター及び被告組合と原告との間で争いがなく、被告信栄に対する関係では、被告ノボル製紙代表者薦田林太郎の尋問の結果及び弁論の全趣旨により、右の各事実を認めることができる。

3(一)  右2の事実に、<書証番号略>並びに前掲の中田証言、薦田尋問の結果(ただし、後記の措信できない部分を除く。)及び原告代表者尋問の結果を合わせると、本件売買契約の合意解除及び本件代物弁済に至る経緯として以下の事実が認められる。

(1) 被告ノボル製紙は、原紙製造・販売等を行う会社として昭和六一年三月ころ設立された。被告ノボル製紙は、設立当初から、製造原紙の全量を紙の加工・販売会社である原告会社に対して販売する一方、原告会社から原紙販売代金の前渡金や手形割引などの形で資金援助を受け、また、同年一〇月末の増資の際には、原告会社が被告ノボル製紙の株式の約半数を取得するなど、緊密な取引関係を築いていた。

(2) しかしながら、被告ノボル製紙の経営は当初から思わしくなく、紙市況の低迷等もあって、同六二年には、同社の経営状況は悪化して多額の債務を抱えるに至り、それとともに、原告会社と被告ノボル製紙との提携関係も次第に希薄化していった。同年七月ころ、原告代表者は、被告ノボル製紙に対して前記前渡金等の返済を要求し、弁済の一環として同社から手形を受取った。

(3) 他方、被告ノボル製紙は、工場取得資金等の融資を得る必要から、昭和六一年九月二六日、同社の代表取締役薦田林太郎の長男である薦田眞司が債務者となり、被告ノボル製紙が連帯保証人となって、被告組合との間で農協取引契約を締結した。そのころ、被告ノボル製紙は右契約に伴って生ずる債務を担保するため、同社所有の本件工場につき、被告組合のために極度額五億円の本件根抵当権を設定(同月三〇日設定登記)し、本件機械を含む工場内の機械器具等について工場抵当法第三条の目録を提出した。

右のように本件根抵当権が設定されたこと及び本件機械が本件根抵当権の目的となっていることは、原告会社代表者も当初から認識していた。

(4) 本件工場には、製紙機械は三台あったが、原告会社が加工販売できる量に限界があることなどから、昭和六二年九月当時、実際に稼働していたのは本件機械を除く二台のみであった。

そこで、被告ノボル製紙は、経営建て直しのための合理化政策の一環として、多額の債務から生ずる金利負担を軽減するため、遊休資本である本件機械を他に売却して債務の弁済に充てることを考え、売却先として被告情報センターと交渉する一方、担保権者である被告組合にその旨申入れた。

(5) 被告組合は、当時、薦田眞司に対して、前記農協取引契約に基づく貸金債権であって本件根抵当権の被担保債権でもある債権金約一億円を有しており、本件機械の売却代金をもって右貸金の債務の内入弁済に充てることを被告ノボル製紙との間で合意した上、右内入弁済として売却代金が被告組合に入金になり次第本件機械を本件根抵当権の対象から外す扱いにすることに同意した。

(6) 被告ノボル製紙は、昭和六二年九月二六日、被告情報センターとの間で、本件機械を代金八五〇〇万円で売却する旨の本件売買契約を締結し、そのころ、手付金として金一〇〇〇万円を受取った。残代金七五〇〇万円については、本件機械の引渡後、被告組合の口座に送金して支払われる約定となっていた。

その後、被告ノボル製紙は、本件機械を解体して、被告情報センターの指示する場所に向けて順次搬出を開始した。

(7) 右に先立ち、原告は、同年七月ころ、被告ノボル製紙に対して前記前渡金等の弁済を請求した際、同社の代表者である薦田林太郎から、同社所有の本件機械や水利権を売却し、その代金の一部を右債務の弁済に充てる予定である旨の話を聞いた。

ところが、実際に水利権が売却された際、その売買代金は原告に対する弁済には充てられず、その後、同年九月末ころになって、原告は、本件機械が解体されてその一部が搬出されていることを伝え聞いた。そこで、原告は、被告ノボル製紙に対する債権を保全するため、同年一〇月九日、本件機械売却残代金債権金七五〇〇万円について、債権仮差押決定の申立てをして、その決定を受けた。

(8) 被告組合は、右仮差押えを知り、被告ノボル製紙に対して、本件売買残代金が被告組合に対する債務の弁済に充てられないのであれば本件機械について根抵当権を解除することにはならない旨通知した。また、被告情報センターからも、被告ノボル製紙に対し、後日問題が生ずる危険性のある本件機械の売買には応じられないので解約してほしい旨の申入れがあった。

(9) そこで、右三者間で協議した結果、同月二二日付けで本件売買契約を合意解除することとし、また、その協議の過程で、新たに、代物弁済として本件機械の所有権を被告組合に移転する旨の話合いがされ、同日ころ、本件代物弁済契約が成立した。

その際、本件機械の他に「プライマシン」も併せて代物弁済の対象にすることとし、それぞれ、評価額を金八五〇〇万円及び金五〇〇万円とすることを合意した。

以上の事実が認められ、前掲薦田尋問の結果中右認定に反する部分は原告代表者尋問の結果に照らして信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二) 右(一)の認定事実に基づいて、本件合意解除及び本件代物弁済の違法性について検討する。前記認定のとおり、本件機械はもともと被告組合のための本件根抵当権の対象物件であって、本件売買契約は本件根抵当権の被担保債権のうちの一部の債務を弁済する資金を得ることをもその目的として締結され、被告組合もまた右弁済がされることを条件として担保の解除に同意したものであるから、原告の申立てによる本件仮差押えの結果、本件売買契約の右目的が達成できなくなるとして被告ノボル製紙と被告情報センターとが被告組合との協議を経て本件売買契約を合意解除するに至った事情は、必ずしも理解できない不合理のものということはできず、相当の理由のある経済取引活動といわなければならない。のみならず、原告自身が本件機械が被告組合の根抵当権の対象物件となっていたことをその根抵当権設定の当初から認識していたことも前記認定のとおりであり、被告組合がはじめから前記のような債務弁済を条件とする担保の解除に同意せず、したがって本件売買契約が締結される事態が生じなければ、本件機械又はその換価金から原告が一般債権にとどまるその手形金債権の弁済を受けることは、被告組合が本件根抵当権による優先弁債権を放棄する場合にでもならない限り、全く期待できない事柄であったのであるから、本件合意解除が、原告の被告ノボル製紙に対する手形金債権を侵害するものとは到底解することはできない。

本件合意解除の当時既に本件機械が本件工場から搬出され始めていたことが認められるが、このような売買契約の目的物引渡債務の履行の着手の事実があったことにより本件仮差押えの債務者である被告ノボル製紙及びその第三債務者である被告情報センターが本件仮差押えによる被差押債権の取立てその他の処分・弁済等の禁止の効力を受けて本件売買契約の合意解除をすることをも制限されていたと解する余地がないわけではないけれども、そのような制限をもたらす仮差押えの効力というものも、そのような制限に反した被差押債権についての処分行為を絶対的に無効とするものではなく、ただ仮差押債権者に対抗できないという相対的無効のものとするにとどまるものであって、もとより本件仮差押えの被保全権利である原告の手形金債権に被差押え債権たる本件売買残代金債権から実体的な優先弁済を受ける権能をあたえるものではないと解される。そうしてみると、本件合意解除があっても本件仮差押えの効力自体に消長を来たすものではなく、したがって、本件合意解除が本件仮差押えの効力自体を失わせたものとはいえないから、そのような効力を失わせることを前提として、本件合意解除が原告の手形金債権を侵害するものとは到底いえない筋合いである。また、本件合意解除に引続いて被告ノボル製紙から被告組合に対する本件代物弁済がされたことについても、前記認定のとおり、本件機械を本件売買契約における代金と同額の評価額をもって本件根抵当権の被担保債務の一部の代物弁済に充てており、その評価額は適正なものというべきであるから、右行為が被告ノボル製紙に対する原告を含む一般債権者の債権を害するものといえず、したがって、被告ノボル製紙及び被告組合との間でことさらに原告の手形金債権を侵害する意図をもってされたものと解することもできない。

原告は、被告らの行為が本件仮差押えがなされる前の被告らの当初の目的のとおりに被告信栄に本件機械を譲渡するための偽装行為であることも主張するが、本件合意解除及び本件代物弁済がそれぞれ実際に行われた取引行為であることは既に判示したところであり、これらが、その実体を伴わない偽装のものであったことを認めるに足りる証拠はない。

4  以上に検討したもののほか、本件売買契約の合意解除及び本件代物弁済が原告の手形金債権を侵害する違法な行為であったことを認めるに足りる証拠は存しない。

5  そうすると、本件売買契約の合意解除及び本件代物弁済が原告の手形金債権を侵害する違法な行為であることを前提として被告らに対し不法行為損害賠償を求める原告の請求は、その余の点につき判断するまでもなく、失当といわなければならない。

二詐害行為取消について

前記一3(二)に判示したとおり、本件代物弁済は、本件根抵当権の被担保債務の一部に対する弁済に代えて本件根抵当権の対象物件である本件機械を適正な評価額で本件根抵当権者である被告組合に譲渡したものであるから、これが原告ら他の債権者に対する関係で詐害性を帯びる行為であると解することはできず、他に本件代物弁済が詐害行為であることを認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告の被告組合に対する詐害行為取消の請求は、その余の点につき判断するまでもなく、失当というべきである。

三結論

よって、原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官雛形要松 裁判官北村史雄 裁判官増森珠美)

別紙物件目録

田中機械株式会社製

フォーマー式ヤンキー抄紙機 一式

(ドライヤー 二八五〇k/m×一二尺)

別紙手形目録

一 為替手形 二通

1、額面金五〇〇万円

支払期日 昭和六三年三月二八日

支払地 愛媛県川之江市

支払場所 株式会社伊豫銀行川之江支店

振出日 昭和六二年九月三〇日

振出地 東京都千代田区

振出人 ノボルティッシュ株式会社

引受日 昭和六二年九月三〇日

支払人 ノボル製紙株式会社

(引受人)

受取人 ノボルティシュ株式会社

2、額面金六七四万二二〇〇円

支払期日 昭和六三年四月二日

その他の記載事項は前一、1項記載の為替手形に同じ

二、約束手形 一四通

1、額面金一〇〇〇万円

支払期日 昭和六三年四月一〇日

支払地 愛媛県川之江市

支払場所 株式会社伊豫銀行川之江支店

振出日 昭和六二年九月三〇日

振出地 愛媛県川之江市

振出人 ノボル製紙株式会社

受取人 ノボルティッシュ株式会社

2、額面金六二二万六〇一〇円

支払期日 昭和六三年四月一〇日

その他の記載事項は二、1項記載の約束手形に同じ

3、額面金五〇〇万円

支払期日 昭和六二年二月二八日

振出日 昭和六一年九月三〇日

その他の記載事項は二、1項記載の約束手形に同じ

4、額面金五〇〇万円

支払期日 昭和六三年四月一〇日

その他の記載事項は二、1項記載の約束手形に同じ

5、額面金五〇〇万円

支払期日 昭和六三年四月一五日

その他の記載事項は二、1項記載の約束手形に同じ

6、額面金四七四九万三四一〇円

支払期日 昭和六三年四月一五日

その他の記載事項は前二、1項記載の約束手形に同じ

7、額面金二一万四七九四円

支払期日 昭和六二年二月二八日

振出日 昭和六一年九月三〇日

その他の記載事項は二、1項記載の約束手形に同じ

8、額面金二七万一七八一円

支払期日 昭和六三年四月一五日

その他の記載事項は前二、1項記載の約束手形に同じ

9、額面金一〇〇〇万円

支払期日 昭和六二年一二月三一日

振出日 白地

受取人 白地

その他の記載事項は二、1項記載の約束手形に同じ

10、額面金一五八五万円

支払期日 白地

振出日 白地

受取人 白地

その他の記載事項は二、1項記載の約束手形に同じ

11、額面金一〇〇〇万円

支払期日 白地

振出日 白地

受取人 白地

その他の記載事項は二、1項記載の約束手形に同じ

(約束手形番号G〇三一〇三)

12、額面金一〇〇〇万円

支払期日 白地

振出日 白地

受取人 白地

(約束手形番号G〇三一〇四)

その他の記載事項は二、1項記載の約束手形に同じ

13、額面金六、四二八、六一六円

支払期日 白地

振出日 白地

受取人 白地

その他の記載事項は二、1項記載の約束手形に同じ

14、額面金五〇〇万円

支払期日 昭和六二年一一月一日

振出日 白地

その他の記載事項は二、1項記載の約束手形に同じ

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例